【連載×エドワード】世界の変化とデロリアンと

|Edward

旅行業界は間違いなく過渡期を迎えている。世界観光機関は5月、「2020年の国際旅行者数は前年比で約58~78%のマイナス」とのシナリオを発表した。「2020年に4000万人」を掲げて急成長してきたインバウンドももちろん大打撃だ。

しかし一方中国では、都市封鎖が解除された直後に1億1500万人が国内旅行へ出かけたというニュースもある。

日本も政府主導の「Go Toキャンペーン」を利用しての国内旅行活性化が業界立て直しの第一歩となりそうだ。

旅行業界だけでなく、コロナの影響で人々の生活は大きく変わった。

困難を乗り越えるために人々が手を取り合うことが「あるべき姿」だと感じるが、現実は批判の応酬が止まない。

テレビをつければ、ミネアポリスで起きた白人警官による事件や、一国二制度を脅かされている香港など暗いニュースが常に流れている。コロナ訴訟、米国のWHOからの脱退、北朝鮮の通信連絡線遮断、と次々に浮かび上がる世界的な社会の歪みは未来への不安を煽るばかりだ。

思えば、私にとっての「未来」は「2015年」だった。

車が空を飛び、若者はホバーボードで街に繰り出す。そう、2015年は映画「バックトゥ・ザ・フューチャー2」での未来として描かれた年だ。このシリーズでは、常に主人公はどこか「変わってしまった世界」を「あるべき姿」へと戻すべく奮闘している。

先ほどミネアポリスでの事件に触れたが、奇しくも2015年に出てくる警察官は黒人と白人の女性ペアだ。ジェンダーステレオタイプに左右されない職業選択も、黒人と白人が当たり前のように仲良くしているシーンも、未来のあるべき姿として映されていたかもしれない。

映画公開から年月は経ち、現実の世界は「2015年」を追い越した。にも関わらず、人種・性別のみならず様々な分断が連日取り沙汰されている。

今週から3週連続でシリーズが金曜ロードショーにて放送されるわけだが、「バックトゥ・ザ・フューチャー」の世界の描き方は希望と明るさに満ち溢れたものだ。

過去に描かれた「あるべき未来」に我々は帰れるだろうか。

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