【井上剛監督 単独インタビュー/by根津孝子】10月3日(金)公開映画『アフター・ザ・クエイク』

原作:村上春樹 「神の子どもたちはみな踊る」(新潮文庫刊行)

現実と幻想、恐怖と滑稽の境界を飛び越えながら、誰もが抱く孤独とその先の希望を描き出す。

これは、先の見えない世界で“からっぽ”になってしまった私たちが、自分を取り戻すための物語。

日々、目まぐるしく変化する時代に生きる私たちが、再び大切なものを見つけ出すための物語がここにある。

未来は、かえられる。

(映画PRフライヤーより引用)

(C)2025 Chiaroscuro / NHK / NHKエンタープライズ

9月だというのに残暑厳しい日本。ここ数日、東京はまた気温が30度を超えています。まだ夏が続いている感覚で過ごした方がよさそうですね。

地球温暖化もそうですが、自然災害が多い私たちの住む国、日本。平穏な日常生活を送っているとつい忘れがちですが、過去30年を振り返った時、30年前、私は20代半ば。確かに、夏はこんなに長くなかったし、こんなに暑くもなかったと思います。

また、過去30年の間には、大きな地震や水害などが起こりました。そしてそれは未だ深い爪痕や心の傷を残したまま……。

今回ご紹介する映画『アフター・ザ・クエイク』は、直訳すると“地震の後”。

舞台は過去30年における、いくつかの4つの違う年。

全く繋がっていないようで繋がっている?とても奇妙な4つの物語が独特のタッチで映画化されています。

村上春樹さんの本が好きな人ならば絶対にはわかる、予言的なことや、「マジックリアリズム」の世界観を絶妙に描ききった、唯一無二の作品と言っていいかもしれません。

ちなみに私はハルキストとまではいかないまでも、村上春樹さんの小説がとても好き。

この独特な世界観の短編小説を映画化したのは誰なの?と、まずそこにとても興味を持ちました。

井上剛監督

監督は、NHKの朝ドラ「あまちゃん」や大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」「ハゲタカ」など、数々の話題作の監督を務めた井上剛(いのうえつよし)氏。

2023年、NHKを退局し株式会社GO-NOW.を設立し、フリーの監督・演出家として活躍されています。

また私は監督が同郷、熊本出身であることを知り、勝手に親近感をもち、インタビューさせていただくことをお願いしました。

すると快く承諾していただき、実際にお会いしてみると大変親しみやすく、本映画製作について様々なお話をお聞きしたのですが、そんな中、監督のパーソナルの部分に成熟した社会人として、そして人としても学ぶべきところが多く……。

以下、インタビュー内容をまとめました。ぜひ、お読みください。

■映画化にあたり、原作者である村上春樹さんとのやりとりは?アドバイスや要望はあったのか?また苦労した点は?

(企画書を携え)村上さん側とは「映画、やらせてください。」→「どうぞ進めてください」という、とてもシンプルなやりとりでした。
でもそのシンプルなやりとりとは真逆で、僕の心の中はとても複雑で、やばいことになったぁ、ほんとか?どうしよう?という、複雑でふわふわした気持ちになったのを覚えています。

村上さんの作品によく言われる、「マジックリアリズム」を映像にするのは、自分にとって普段使っていない脳(思考)を使わないとできないことで、例えば、ドラマの場合だと、全てではないにせよ殆どの場合、行きつく先があるんです。でも、本作品は明確な行きつく先がわかりにくい文学という高見を目指すわけですから、それはそれは大変でした。でもそれが醍醐味というか、とても楽しいんですけどね。

物語の中で感情を上手く運ぶのは当然、でもそれだけでは絶対に足りなくて、撮影をしながら、別軸で僕たちにみえていないものがきっとある、と、終始それを探しながらの撮影になりました。

勿論、文学の世界観を大切にしつつというのはあるのですが、ハルキストに届けようと思って飛ばし過ぎて作ったら、映画ファンに届かなくなってしまうのでは?というのもありますし、うまい頃合いはどこにあるのか?というのを考察しつつ撮りすすめていった感じです。

文学作品のもっている力をちゃんと面白く描くためにはどうしたらいいかということに、いい意味でずっととらわれていました。

■監督としてスタッフや俳優陣をいかにして巻き込むか?

キャスティングについては、職業柄、出会うと「この俳優さんにこんな役をしてもらったらきっと面白いだろうな」というのが常にあって、今回の作品も演技力がないと非常に難しいと思っていましたので、そういった意味では、全てがうまく合致して、ラッキーな化学反応の連続の中、撮影ができました。

俳優陣もそうですが、脚本家や音楽など、一緒に仕事をする人に僕がいつも話すのは、「面白い作品を一緒に作りましょう」ということがベースにあって……。

多分、集まってきた人たちは、「面白いもんみせてくれるんだろうね」というのがあると思うんです。だからまず、それに応えないといけない、という想いが常にあります。勿論、作品を観る人に対しても。

ここでいう、“面白い”という表現には色んな意味を含んでいるのですが、僕は一緒に仕事をする相手に対して、「自分はこういう世界へ行きたい、みたい、みせたい」と具体的に説明します。人を巻き込むのは、テクニックではなく強い想いなのだと。

面白いことに人はついてくる。正しいことにはついてこない、みたいな感じなのかもしれません(笑)。そうこうしているうちに、皆がのってきてくれて、お互いに新しいアイディアも生まれて……。

それから、大切なのは現場です。脚本の文字を追っていると、やっぱり現場でズレというか、文字と違うことが起こるんです。それを、現場で生まれる独特のものを、大切にするようにしています。

今回の映画でいうと、球場で渡辺大知くんが踊るシーンがあるのですが、あのシーンも、大知くんにはみえないところに音楽担当の大友(良英)さんを呼んでいて、2時間くらい音楽を流しっぱなしにしていて……。そうしてあんなふうに踊るシーンが生まれたのですが、役者さんは脚本を読んで、間違いなく「どう演じたら観る人に伝わるんだろう?」というのがあったと思うんです。

脚本の文字を追っているだけだととても難しいシーンです。現場がしっかり準備をすることで自然に生まれる演技。本当に見事に演じてくれました。

佐藤浩市さんの役も終始とても難しかったと思います。現場に行くまで、僕自身がとても心配していました。なんといっても、かえるくんという造形物と共演するわけですから。でもこれまた見事に演じきって、魅せてくれました。本当にすごい役者さんです。

■座右の銘。これからの作品づくりについて。NHK退局を決心した時のこと。

(座右の銘を尋ねると、「え~?座右の銘?あんまり考えたことがなかったな」と話しながら、井上監督から飛び出した言葉は?)

しいていうならば、「見る前に飛べ」かもしれません。(イギリスの詩人であるW・H・オーデンが、何かに挑戦する際に、少し考えようと思っているとチャンスを逃してしまうという考えから生まれた言葉。)

NHKは好きです。そこは変わりません。でも今はもっといろんな表現の仕方、フィールドがあるでしょう、だからそろそろ辞めないと、環境を変えないと、と。

新しいこと、面白いことを追求したいと思って退局したんです。

実際に辞めてみると、仕事を自分で選択できるという部分ではすごく楽になりました。勿論、悩みますよ。好評も不評も直接受ける立場ですから。それまでは会社に守られていましたからね。恐れもあります。でも、あの中にいたらできないこともできるようになったのは自分にとってはとてもプラスです。

コメディーから本格的な映画、ドラマ……様々なジャンルの作品を作っていきます。楽しみにしていてください。

今回の映画『アフター・ザ・クエイク』は、とても独特な世界観をもった不思議な作品に仕上がっています。ぜひ、ご覧ください。

■インタビューを終えて。

第一印象通り、終始穏やかで親しみやすく、一つひとつの言葉の選択に相手への敬意を感じました。

「この人とまた仕事がしたい」と思われる人柄であることが短い時間で伝わってきました。

今回の映画のキャストに、「あまちゃん」で共演した、のんさんと橋本愛さんが名を連ねているのも納得です。

監督=リーダーや上司、と捉えた時、時代の変化も感じました。 これから生み出される井上作品もとても楽しみです。

インタビューを終え帰る道々、映画の中に出てくるかえるくんの「あなたの想像力次第で、世界はどんなふうにも変えることができます」というセリフと井上監督のお話がリンクして、なんだかとてもやる気になっている自分がいたのはここだけのお話……。

『アフター・ザ・クエイク』

【キャスト】

岡田将生 鳴海 唯 渡辺大知 / 佐藤浩市

橋本 愛 唐田えりか 吹越 満 黒崎煌代 黒川想矢 津田寛治

井川 遥 渋川清彦 のん 錦戸 亮 / 堤 真一

監督:井上 剛

脚本:大江崇允  音楽:大友良英

プロデューサー:山本晃久 訓覇 圭 アソシエイトプロデューサー:京田光広 中川聡子

原作:村上春樹『神の子どもたちはみな踊る』(新潮文庫刊)より

製作:キアロスクロ、NHK、NHKエンタープライズ  制作会社:キアロスクロ 

配給・宣伝:ビターズ・エンド

公式HP:https://www.bitters.co.jp/ATQ/

公式X:https://x.com/ATQ_movie

10月3日(金)より、テアトル新宿、シネスイッチ銀座ほかにて全国ロードショー!