東京、表参道のほど近く。246沿いにある「紀ノ国屋」の真裏のあたりに、小奇麗でこぢんまりとした近代的なビルがある。
そのビルの2階に、江戸前鮨の名店がひとつ誕生した。
その名は「鮨 あお」。
「名店」という表現が、新しい店に相応しくないことは知っている。
しかしながら、敢えて「名店」という表現を使いたい。
店主は岡崎亮さん。34歳。
23歳で銀座の「すきやばし次郎」に入り、このお店を持つまでの10年間、小野二郎さん、小野禎一(よしかず)さんのもとで修業を積んだ鮨職人だ。
それはまさに、満を持しての独立だった。
まずはぜひ、このお店の看板や名刺などにも使われているロゴマークをご覧頂きたい。
濃紺の地に白い△と○……アルファベットのA(ア)とO(オ)をイメージしたのだそうだ。
なぜ、店名に「岡崎」や「亮」という名前を使わなかったのか?と尋ねたら、「店を構えた青山の青でもありますし、海の青、空の青のように、広がっていくイメージで名付けました。」と話してくれた。
このロゴマークだけをみると、店内も何か斬新で近代的な設えなのかと思いきや、そこは真逆で、なんとも居心地の良い、古風な和の設えである。
ご存知の方もいらっしゃるかもしれないが、私(根津孝子)は『「すきやばし次郎 小野禎一 父と私の60年」の著者だ。
約1年間に渡る取材によって書き終えた本書だが、本書の中にも岡崎亮さんは何度か登場し、禎一さんが“亮”と呼び、とても信頼していて、そのセンスの良さを認めているお弟子さんである。
鮨職人の修業、10年。
それは長いといえば長いのだが、本書に書かせてもらった、禎一さんの「小野二郎だって、まだ自分はこの道を極めた、とは思っていないんだから。職人って本当に終わりのない道なんだよ。」という言葉通り、亮さんにとってはまだ鮨職人の道が始まったばかり。ここから長い道のりが果てしなく続く、ということなのだろう。
それを証拠に二郎さんは、現在95歳の現役鮨職人なのだから……。
私がお鮨を食べに「すきやばし次郎」へ行くようになったのが、今から約15年前になるのだが、亮さんが入って初めの数年間は、正直顏を合わせることは殆どなかった。
というのも、「すきやばし次郎」での修行というのは、お勝手での仕事(仕込みなどを中心とした裏方の仕事)の期間が数年間続くからだ。
なので、数年経ち、お勝手とつけ場の境目に立ったり、握り手の横でネタの切りつけをしたりするようになってようやく、私は‟亮さん”という認識をしたのである。
そうしてそこからまた数年が経ち、「すきやばし次郎」の鮨職人はようやく客にお鮨を握ることができるようになる。
もちろん、そうなる前に辞めていく人もたくさんいる。いやむしろ、辞めていく人の方が圧倒的に多い。
弟子たちは客にお鮨を握れるようになるまで、休憩時間を使って練習に励み、腕を磨く。
私は以前、本人ではなく、亮さんよりもまだ経験年数の短いお弟子さんから、「亮さんは休みの日に家でも練習をしているみたいです。僕はなかなか休みの日はやる気が起きなくて……」という話を聞いたことがある。
亮さんからは、「自分は料理が好きでこの世界に入った」という話を聞いたことがあるのだが、好きだから休みの日も練習をするのが苦にならないのかどうかの真意を確かめたことはない。
ただ、料理が好きという理由だけでは続かない仕事であることを、身をもってこの10年体感したに違いない。それは察することができる。
おそらく「早く上手になりたい」という職人魂が、休日の過ごし方を変えたのだろう。
そしてそれは、お鮨を握る姿、立ち振る舞いをみていれば、カウンター越しに伝わってくる。
弱冠34歳とは思えないその落ち着きと、そこから垣間見える自信、そしてオーラ。
しかし、若いのに凄いな、という空気を感じさせながらも、不思議なほど決して威圧的な雰囲気を感じさせない人あたりの良さは、きっと天性のものなのだろう。
先日私は幸運にも、「鮨 あお」で亮さんの握ったお鮨を食べる機会に恵まれた。正直、亮さんが握るお鮨を食べるのは初めてのことだった。私は少し緊張していた……。
そこには、「すきやばし次郎」と同じように、凛とした空気が流れている。
まずは黙って一貫目、かれい、そして二貫目、すみいか……と、食べたところで我慢できず、「んー、おいしい!10年の修業の重みを感じます。次郎さんのところで頑張って本当によかったですね。」と、思わず言葉が出てしまった。そして胸が熱くなった……。
それは、おまかせの20貫。いわゆる、「すきやばし次郎」スタイルのお鮨だった。
家に帰ってからもその余韻はつづいた。寝る時にまた思い出し、瞼を閉じて「本当に美味しいお鮨だったな」と幸せな気持ちで眠りについた。
そして、数日経った今もまだ、その余韻が残っている……。
私は「鮨 あお」に行った夜、禎一さんにメッセージを送った。
「今日、亮くんのお店に行ってきました。とても美味しかったです。修業の成果ですね。」と。
すると禎一さんから返事があり、そこには、
「これから長い道のりですが、本人次第です。頑張って欲しいです。亮は人柄も頭も良いので大丈夫だと思います。見守って下さい。今後とも宜しくお願いします。」とあった。
そしてこの二日前には、二郎さんと禎一さんが試食のためにお店を訪れていた。
この世界、師匠と弟子の関係はとても深く、ずっと続くものだ。
「職人という仕事は毎日同じことの繰り返し。だけど、ただ繰り返しているだけではだめで、常によりおいしくするためにはどうすればいいか、ということを考えながら仕事をしなければならない」というのが二郎さん、禎一さんの教えでもある。
若き店主、岡崎亮さんはきっとその教えを守りつづけることだろう。
「鮨 あお」、名店の誕生。
私は心からそう思った。
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