暑中お見舞い申し上げます。
まだ7月上旬だというのに連日の暑さに驚いています。近年は10月の終わり頃まで残暑が続くので、4カ月も暑さが続くのかと思うと、人間も動物、さすがに消耗してしまいそう、と思う今日この頃です。
私の夏の娯楽といえば専ら映画です。映画館はとても快適ですしね。2~3時間集中して観る映画は、とてもいい気分転換にもなります。
ここ最近の一番の話題作、『国宝』をご覧になった方は多いかもしれませんね!私も勿論その一人です。
今をトキメク日本の俳優二人の、そのあまりの美しさに、「時代は変わった」と、何故だかわかりませんが、とても強く感じました。
その一方、公開されたばかりのブラッド・ピットの主演映画、『F1/エフワン』を観たら、「いや、変わってない!やっぱりブラピはいつもかっこいい!」となぜだかとても安心し、やっぱり映画っていいな、とつくづく……。
私にとっては、普段使っていない脳(思考)の一部や、心(感情)の一部を揺さぶられるのが映画なのかもしれません。
今回ご紹介する作品、『遠い山なみの光』もまさに、様々な思考を揺さぶられる映画です。
戦中や戦後まもない時代を背景に描いたドラマや映画は沢山ありますが、その焦点をどんな人にあてるかによって、物語も十人十色……。そういった意味で、これまでなかった人物に焦点をあてた、戦争を背景にしたストーリーがとても新鮮です。

●どっちの時代を軸に本編をみるか?それにより、みる人をとても混乱させ、とても共感させもする。
物語の舞台は1650年代の長崎と1980年代のイギリス。原作は、カズオ・イシグロの長編小説デビュー作、「遠い山なみの光」。
出版から40年経った小説の映画化です。
カズオ・イシグロといえば、日本、長崎生まれのイギリスの小説家で、1989 年にイギリス最高の文学賞であるブッカー賞、2017年にノーベル文学賞を受賞。
過去には、「日の名残り」「わたしを離さないで」も映画化され、映画ファンの中には、それらの作品を生涯のベストムービーと讃える人も多いといいます。
また、メガホンを取ったのは日本アカデミー賞受賞監督の石川慶。石川監督は、オファーを受けた時の気持ちを、「カズオ・イシグロさんの小説は好きでずっと読んでいましたが、壮大な企画で戸惑う点もありました。でも、壮大だからこそ挑戦したいという気持ちの方が勝りました」と本作品にまつわるインタビューで語っています。
私がこの映画を一度みた感想をひと言で申し上げるとするならば、「混乱」かもしれません。
大きな一つのテーマとして、「戦争と平和」ということが軸になっていることは確かなのですが、映画を観終わった後、原作を読みたくなるくらい、頭と心は混乱していました。
読まずして、きっと、小説としても、とても面白い作品であることが想像できます。
余談ですが、私は村上春樹さんの小説が好きで殆どの作品を読んでいると思うのですが、何となくこの物語に村上作品の中でよく表現されるメタファーや、ファンタジーと現実の間にある、言葉では表現しづらい微妙な位置にある人、物、事が描かれているという共通点を感じました。あくまでも個人的な感想にすぎませんが、それくらい、いい意味での混乱と物語としての面白さを感じる映画です。そして、村上春樹さんとカズオ・イシグロさんは、互いにファンであることを公言しています。
勿論、原爆を経験した長崎を舞台にした本作品が、戦後80年である2025年、世界公開(※日本・イギリス・ポーランドの3か国合作映画として制作。)されるということが、世界に対し、大きな意味を持つということは言うまでもないことなのですが、そんな大きなテーマを忘れるくらい、物語としての面白味がありました。

●スクリーンを魅了する二人の俳優 「広瀬すず」と「二階堂ふみ」
関係者はキャスティングについて、取材記事の中で、「あの二人が並んだらどうなるのだろう、間違いなく異次元の反応が起きるだろうなというのは、全員が期待していました。実際に本読みの段階から二階堂さんがあの語り口でこられて、そうきたかという感じで広瀬さんもすぐさま呼応されました。撮影中も、二人のツーショットの画の強さは圧巻でしたね」と振り返っています。
確かに、二人の会話や語り口の違和感がこの映画には最初からあり、その違和感こそがこの映画に必要な演出であることが物語の最後にはわかるのですが、二人の会話の部分だけを切りとった時、私は舞台を観ているような感覚になっていました。
冒頭に、映画「国宝」の二人の俳優がそれはそれは美しかったことに触れましたが、この映画に出てくる二人の美しさにもまた魅了されました。
世界公開された時、きっと海外の人たちも皆、この二人の美しさに驚くのではなかろうかと思います。
確かに、異次元の反応がそこにありました。ファンならずとも必見です。

●完成を迎えた石川監督が、改めて語ったこと。
石川監督は、「原作は戦後の長崎と1982年のイギリスが舞台の話ですが、戦後の描かれ方が誠実でそこにとても共感しました。長崎や戦争というテーマや小津安二郎作品的な人物たちは、何度も日本映画で描かれてきましたが、イギリスからの視点が入ること、そしてカズオ・イシグロ的な“信頼できない語り手”によるミステリー感が加わることによって、全く新しい視座を獲得しているように思いました。これらのテーマを新しい世代の感覚でアップデートすることは、戦後80年の今必要なことだと実感しています」とこの作品について語っています。
カズオ・イシグロのことを、ズバリ、「信頼できない語り手」と表現した石川監督は流石だと思います。
物語に引き込まれる理由はまさにそこにあると感じたからです。

8月15日は終戦記念日です。戦後80年である今年、この映画が公開されることの意味を考えながらこの映画を観ればきっと、今をもっと大切に生きられるのではないかと、そんなことを考えながら試写室を後にしました。
ぜひご覧ください。
映画『遠い山なみの光』公式HP https://gaga.ne.jp/yamanami/

