【エッセイ×根津孝子】「もしも自分が○○人だったら」という想像を広げることで辿りついた結論

2021年の5月も中旬にさしかかり、日本は未だ新型コロナウイルスの感染状況が改善しない中、東京五輪開催の是非について、メディア報道が激しさを増してきた。

私個人としては、基本的にスポーツ全般嫌いではないし、あればあったで感動したり共感したりして、特に今このような状況だからこそ様々な感情が生まれるような気がしている。

でも、もしなくなったとしても、心底残念がる気持ちも正直今はない。

オリンピック観戦や自らスポーツをすることは、私にとっては人生の余興みたいなものなので、本当に必要か?と問われると、その返事は曖昧だ。

また私は活動家でもないわけであり、こと政ごとに関しては全くの受け身である。(オリンピックは政ごとではなく、祭りごとか?)

ところで、読者の皆さんは、「もしも今度生まれ変わるとしたら、○○(場所)の○○の家庭(環境)に生まれ、○○な暮らし(状況)を送ってみたい」と、自分に都合のいい妄想を広げることはありませんか?

私にはよくあって、しかもその妄想内容はこれまではほぼいつも決まっていて、ニューヨークのアッパー・イースト・サイドのセレブな家に生まれ、まるでアメリカのドラマ、「ゴシップガール」に出てくる面々のような浮世離れした生活を送る、というものだった。

また、身近にいる人たちに「今度生まれ変わったら、何人(国)に生まれたい?」と尋ねることもよくある。

そして皆の返事はほぼ100%といっていいくらい、“日本人”というものであり、その答えを聞いた後私は、「えぇ~、また日本なの~?」などと言いながら、私の頭の中のハッピーな妄想について語る、というのがいつもの流れであった。

しかし私は最近気づいた。コロナの時代になった今、私はこのハッピーな妄想を全くしなくなってしまったのだ。

それに変わって頻繁に自分の中に起こる思考は、メディアが世界の新型コロナの感染状況を伝えるとともに頭をめぐる「もしも自分がこの国(ニュースに取り上げられている国)に生まれていたら……」というものだ。

例えば変異株の発生もあり、ここ最近よくインドの状況がとり上げられるが、インドの現在を伝える映像をみると正直ゾッとしてしまう。

病院の1つのベッドに複数の人が寝かされていたり、もっと悲惨なケースだと、もう瞳孔がひらき、ぐったりとした感染者が道端に横たわっていて、その家族が「頑張れ!死ぬな!」と言いながら、感染した家族に心臓マッサージをしていたりしている。しかも心臓マッサージをしているその人は、防護服も勿論着ておらず、素手で心臓マッサージを行っていた。

また、病院も火葬場も墓地も少ない貧しい奥地に感染が広がったため、ガンジス川の河畔に遺体が相次いで流れ着いている、というニュースも目にした。

そんな映像をみると「一体、世界はどうなってしまうのか?」と思うし、エイリアンやウイルスの出現により地球や人間が滅亡する映画のワンシーンをみているようで、現実とは受け入れ難い。

その一方、私は東京の渋谷・原宿界隈に住んでいて、スクランブル交差点や竹下通りをよく通るのであるが、そんなインドのニュースを目にした日に楽しそうに行き交う多くの人たちをみると、正直ちょっと頭が混乱する。

同じコロナの時代を生きているのに、こうも違うとは、と。

そしてまたそれと同時に、「自分がインドの女性に生まれていたら」という想像をする。果たしてどんなふうに生きているだろうか?と。

その場合の私の想像は以前の妄想のようにふんわりとした夢のある想像ではなく、強い意志を持った想像で、もしインドの女性に生まれたら、とにかく幼い時からおいしいインド料理を作れる女性になれるよう母親の手伝いをし、とびきり料理上手な女性になって、10代で海外へ渡り(おそらくそれはイギリスへ。なぜなら歴史的背景から、イギリスではカレーが国民食と言われるくらい浸透しているから)、渡った国のインド料理店で働きながらさらに腕を磨き、若いうちに独立して自分の店を持つしかないな、というものだ。

しかし、それができていたとしても、イギリスも今はコロナで大変だし、店が潰れてしまうかもしれない。それでもまぁ、インドにいるよりましな気がする、となる。

こんな想像、インドに住む人たちにはとても失礼な話であり、本当に申し訳ないと思う。

たまたまインドのコロナ事情を例にあげたけれど、コロナとは関係なく、もっと悲惨で深刻な状況にある国はたくさんあるのもわかっている。同じアジア、ミャンマーの現在の状況などもそうだ。

「もしも私がミャンマー人として生まれていたら、今頃どうなっていただろうか……」

正直コロナが発生する前までの私は、そのような国際的な報道を目にしても、どこか遠い場所で起こっている出来事であり、自分には関係のないことだと、「ふ~ん」で終わっていた。

でも今は違う。そういった報道を目にするとすぐに、「もしも自分がその国に生まれていたら……」という想像を広げる。

そしていろいろ想像を広げて最後に必ずといっていいほど辿り着くのは、その国を脱出する方法と、「やっぱり日本に住む、日本人でよかった」という結論なのだ。

そんなことを考えていると、自分は少し歳をとったのかなとも思う。

いろいろ想像することはできても、リアルにチャレンジするパワーが薄くなってしまっていることも認めなくてはいけないとも思う。

誰かが言っていた、「平穏に生きるというのは、今ある自分に折り合いをつけて、自分のご機嫌をとりながら、機嫌よく暮らすということです」と。

“自分のご機嫌をとる”という意味がよくわからなかったのだけれど、今はそれが何となくわかる気がする。

少なくとも今の私は、ニューヨークのアッパー・イースト・サイドのセレブな家に生れていたらという妄想よりも、今ここにある、ここに生きることに一生懸命でいたいと思っている。そう……、自分のご機嫌を上手にとりながら。