New York 自由の女神には会えなかったけれど……

|Takako Nezu

現在の時刻は午前3時 (2020.01.22)。私は今、ニューヨーク、マンハッタンのホテルの部屋で、今回の旅行記の最後の原稿を書いています。滞在時間も残り数時間となりました。名残惜しい気持ちが溢れ、今夜は眠れそうにありません。

午前9時頃にここを出て、ジョン・F・ケネディー空港へと向かいます。帰りの荷物もすっかりまとまりました。

東京からニューヨークへ向かうスーツケースの中には、著書(「すきやばし次郎」小野禎一 父と私の 60年)を5冊入れてきましたが、その分のスペースが、お土産に買ったチョコレートできっちりと埋まりました。多分、本とチョコレートの重さは同じくらいなのでしょう、来るときと変わらず、ずっしりと重いスーツケースです。

持ってきた5冊の本がスーツケースからなくなったということは、ニューヨークでPRしたかった場所や人へ、ちゃんと本を渡すことができた、ということです。もうそれだけで、私にとっては最高にいい旅でした。

そして勿論、「せっかくニューヨークまで来たんだから」という前振りを心の中でしながら、著書のRP以外にも、ミュージカルを楽しんだり、美術館を巡ったり……。

いつも通りよく食べて、マンハッタンの街中を歩きまわり、セントラルパークを何度も散歩しました。

また、地下鉄に乗って、掘り出しものを探しにブルックリンへも足を運びました。

今回のニューヨーク旅行記の最後は、私がニューヨークらしいと思う風景をいくつかお届けしたいと思います。よろしければ、最後までお付き合い下さい。

素敵な出会い。ジャパン・ソサエティー(Japan Society)

ニューヨークで働く知人に今回の旅の目的を話すと、ならばここへ行くといいかもしれないと教えてくれたのが、ジャパン・ソサエティー(Japan Society)だった。

https://www.japansociety.org/

ホームページをみるとわかるのだが、ここは、1907年(明治40年)にニューヨークに設立された米国の民間非営利団体(NPO)で、全米随一の規模を誇る日米交流団体として幅広い活動を展開している。

実際に行ってみると、留学生やビジネスマンなど、ニューヨークで活躍する日本人にとって、また、日本に関心を持つ外国人にとっても、コミュニティのきっかけや語学習得のための相談ができる心強い場所で、すすめられた理由がわかった。

実は滞在中、私は4度ここを訪れた。1度目は、場所自体はオープンしていたが、日曜日だったので責任者は休みで会うことが出来ず、受付にいた女性に事情を説明し、名刺と、本や手紙を責任者に渡して欲しい旨を伝え、預けて帰った。

2度目の訪問は平日で、受付で「日曜日に本を受付に預けた者ですが……」と話すと、「今、ボス(責任者)は会議中なのだけれど、13時には終わると思うので、その頃にまた来たら、もしかしたら会えるかもしれませんよ。」と言われ、その時の時間を見ると、11時過ぎだったので、勿論私は、「それでは、13時過ぎにまた来ます。」と言い残して、一旦その場所を離れたのだった。

そこは少し歩けばマンハッタンの中心も近い場所。私にとっては、ふらっと散歩をしながら時間を潰すのもかえって楽しい時間となった。

そして3度目の訪問で、その責任者の日本人に快くオフィスに通してもらうことができ、著書について、いろいろな話をすることができたのだ。ダメ元で訪れた3度目の訪問であったが、諦めずに行ってよかったと思った。

帰り際、「明日、東京へ帰ります。最後にお目にかかれてよかったです。」と私が言うと、「今夜、ここで語学交流会をやるので、よかったら来ない?」と言われ、私は迷うことなく、「参加させていただきます。」と言って、なんと、4度目の訪問は、その日の夜にすることとなった。

全く思いがけない展開だった。

急遽参加することになった語学交流会

合間時間を使って、アメリカの人気ドラマ、『gossip girl』でお馴染みの場所へ

お誘いを受けた語学交流会は、18時からだった。時計をみると時間は14時。まだ4時間ある。私はその時間を使って行く場所を決めた。それは、私が今回の旅でぜひ行ってみたかった場所だった。

読者の中にはアメリカのドラマが好きな人がいるかもしれないが、私がここのところNetflix(ネットフリックス)ですっかりハマってしまったのが「gossip girl」だ。

このドラマ、もしも私が10代後半~20代に出会っていたら、間違いなく今以上にニューヨークに憧れ、かぶれて?いたと思う。登場人物とそのストーリーだけでなく、私はそこに現れる映像そのものにすっかり引き込まれてしまった。

そして私はこの合間時間に、ドラマの映像のままの場所へ向かうことにしたのだ。

第1話、その物語はニューヨークのメトロの中でもひときわ美しい駅「グランドセントラルs.t」から始まる。

そして、ブレア達が制服姿で毎日たむろしていた、「メトロポリタン美術館」入り口の階段、セントラルパーク、セリーナ家族が暮らしていた「LOTTE New York PALECE HOTEL」。

また、彼らが住む、ニューヨークセレブの中でも選ばれた人しか住むことができないと言われている、アッパーイーストサイドの高級アパートメントが立ち並ぶ街並み。

これらすべての場所は、いわゆる”ニューヨーク五番街”に隣接していて、ちょっと頑張ればいっぺんに歩いてまわることができる。ちなみに私は、行きは「メトロポリタン美術館」までタクシーに乗り、帰りは歩いて「ジャパン・ソサイエティ」へと戻った。

改めて、その場所に自分が立ち、歩いて巡ってみると、よくこんな都会の真ん中で、シーズン1からシーズン6のファイナルまで、約6年間もの間、ロケができたなぁと驚いてしまった。

東京に例えるならば、銀座~丸の内界隈でずっと撮影していたようなもので、地元の人だけでなく、私のような旅行者にすぐに囲まれてしまいそうな場所だった。

「メトロポリタン美術館」の中に入り、美術品を流し見する時間を入れても、4時間もあれば十分にまわれてしまう距離感だ。

日本のアニメ人気を肌で感じた1時間

そして「gossip girl」ゆかりの地巡りを終え、私は約束の時間、PM 6時に「ジャパン・ソサイエティ」に戻って、語学交流会に参加した。

参加者は40~50名ほどいて、日本人と外国人が約半々、まず30分ほど日本舞踊の鑑賞をし、それが終わると、テーブル毎にわかれ、約1時間交流を深めたのだが、私のテーブルで多く話題になったのが日本のアニメのことで、思いがけずリアルにその声を聞き、日本の「クールジャパン戦略」の軸にすべきはアニメであると肌で感じることになった。

私の隣に座ったアメリカ人の女性が、特に宮崎駿作品が大好きだと、とても楽しそうに話していたのが印象的だった。

そして会のエンディング間際。挨拶にマイクを持って登壇した、私が4時間前に初対面をした責任者(上村知代さん)が突然、「ちょっと、皆さん、注目して~!孝子さん、手をあげて下さい~!」と、私に参加者を注目させると、「今日は、あそこの席に、将来、もしかしたら村上春樹みたいになるかもしれないライターが来ています!彼女は最近、本を出したそうです。孝子さん、本タイトルを教えて下さい!」と、その場で参加者に紹介してくれたのだ。

急なことでとても驚いたが、とても有難く、私はその場に立ち、大きな声で、「「すきやばし次郎」小野禎一 父と私の60年、です!」と言った。もちろん日本語で(笑)。

すると英語で参加者に向け、本の概要を説明してくれる上村さん。そして最後に、「ぜひ、読んであげてね!みんなで応援しましょう!」と締めくくると、会場に温かい拍手が起こったのだった。

私はちょっと泣きそうになりながら、心の中で「村上春樹みたいにはなれるはずもないと自分が一番わかっているけれど、いつだって心は自由だし、夢をみることは自由だ」と思った。

そして、やっぱりここに来て、ニューヨークへ来てよかったと思った。

こうして、私はこの旅の最後の1日を終え、無事東京に戻り、今、ニューヨークの五番街でお土産に買ったチョコレートをポンと口に入れ、この記事をアップする作業をしている。

スーツケースの中で、行きと帰り、本がチョコレートに変わったが、それはまさに甘い夢の味がするチョコレートだ。

ついさっき友人から「自由の女神は見に行った?」というLINEメッセージが届き、「時間がなくて行けなかった」と返事をした。けれど私は、この旅でいろんな人たちに助けられ、出会った沢山の犬たちに癒され、そして、自由の意味を考える沢山の時間をもらった。

それは、自由の女神に会いに行く時間より、私にとって、もっともっと素晴らしい時間だったと、心からそう思う。

羽田空港国際線ターミナルからの帰り道、見慣れた東京の街が違って見えた。

さて、夢のつづきはこれからだ。

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